家康公の墓 国宝 久能山東照宮


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徳川家康公 (1543-1616)
戦国の世を終わらせ、265年におよぶ太平の世を築いた徳川家康公は、1616年(元和二年)4月17日、駿府城で満73年の生涯を終え、亡くなったその日のうちに、駿河湾を見下ろす久能山の山頂近くに埋葬されました。

久能山東照宮 境内
天海僧正の指揮によって、久能山から日光へと「ひつぎ」が運ばれたのは、翌年の3月のことです。それによって、「家康公の御遺骸は日光へ運ばれてしまった」という伝説が生まれましたが、実際には、家康公自身の遺言に従って、ここ久能山に眠っています。

国宝 久能山東照宮 拝殿
徳川宗家第十八代当主であられる徳川恒孝様も、「(久能山東照宮は)駿府に築かれた公の墓所」であることを、静岡商工会議所報『Sing』(2016年3月号)に明記されています。

四百年前の輝きがそのまま残る国宝久能山東照宮
久能山東照宮の社殿は、二代将軍徳川秀忠公の命と大工頭の中井正清の手によって、家康公薨去の翌年1617年の12月に完成しました。

国宝 久能山東照宮 社殿
2006年(平成18年)には大規模な修復工事が行われ、社殿や楼門など、久能山東照宮は四百年前の輝きを取り戻しました。

久能山東照宮 楼門

御鎮座四百年大祭を迎えた久能山東照宮(2015年4月)
2010年(平成20年)には、社殿(本殿、石の間、拝殿)が国宝に指定されました。
徳川家康公の墓所は、久能山東照宮社殿の裏手、一段と高いところにある「神廟しんびょう」です。

久能山東照宮 神廟
もとの神廟は、木造の立派なものだったそうですが、現在の石の宝塔は1640年、20トンもある巨大な石を使って建てられたものです。

また、神廟への参拝が一般に開かれるようになったのは、昭和40年の御鎮座三百五十年大祭以降のことです。

この神廟の神聖さは、ここを訪れる私たちの誰もが共通して実感できます。徳川家康公のまことの墓所として、徳川将軍家によりいかに神聖に扱われてきたかが感じられるのです。

御鎮座四百年大祭
2015年(平成27年)には、徳川家康公の四百回忌の式典が、全国の東照宮や家康公ゆかりの地で開催されました。

御鎮座四百年大祭 徳川宗家らによる墓参(2015年4月17日)
その一番最初となった4月15日から19日までの5日間にわたって、久能山東照宮では徳川家康公の御鎮座四百年大祭が斎行されました。

久能山東照宮での結婚式
久能山東照宮では、この急峻な山の上にあるという地形にも関わらず、毎日世界各地からの大勢の参拝客で賑わっています。時には和装の花嫁衣装に身を包んだ外国人の花嫁さんの姿を見ることもあります。